2020年11月                           

 

  課題本『かがみの孤城』辻村深月/作 ポプラ社 2017

   

 

                         読書会を終えて 

 

                     講師 吉川 五百枝

 

『かがみの孤城』を初めて読んだのは2017年。文面を辿りつつ、こういう世代の真ん中に居たこともあるなぁ、それにしても長い小説だと、554ページに閉口した覚えがあります。

だから今回は「うわぁ、あの長さだぁ」と、ちょっと腰がひけました。

登場する子供達(と、まとめるのもちょっと違う気のする年齢構成ですが)7人のそれぞれの性格や状況を、丁 

寧に書くとこの位になるのでしょう。2回目という事もありますが、どうも筋の展開に既知感があって、鏡の通路と

か、学校に行かないのではなくて行けない子ども達と周りの家族や先生など、どこかで読んだような感じが消え

ませんでした。ゲーム世代には、とても親しい環境設定のようです。

登場する子供達を我が身に引き寄せることもかなわぬ年の差ですが、そういう年齢に関係なく、人と心を通わせる場面にいくつもであいました。

「自分の為に必死になってくれる人がある」

「才能のあるなしに関係なく話をしてくれる」

「失敗した子に、失敗も成功もある普通の子に接するように接する」

「ここ(学校)だけが居場所じゃない」「たかが学校」

「困っている時、助けを求めてもいいのだ」

「手をさしのべて自分を助けようとしてくれる人がある」

「日々闘っていることを認める」

「これまでのことは、無駄ではないのだと肯定する」

そして、なによりフリースクール「心の教室」のスタッフ喜多嶋先生の言動は、この小説の中心となる大きな存

だったと思います。

    鏡というのは、本来、光を反射するものであって、子供達がその中に入っていくのはあり得ないのですが、フ

  ァンタジー系の児童文学では、頻繁に登場する方法です。

    鏡はもちろん、衣装ダンス、子ども部屋の窓、裏庭へのドア、地面や木の根っこの穴、駅のプラットフォームなどが、別世界への出入り口になっています。そこから読者を異次元の世界に引き込むのです。おまけにこの作品中では、パラレルワールドという単語も登場し、最後には7人の子どもの生きている年代が7年ずつずれているという結末なので、“見えない事を見えるようにする”というファンタジーの原義そのままに読み進めていくことになります。 

   読むのは2回目ですが、以前、友人達と『かがみの孤城』という題名が呼び起こす情景をそれぞれ並べて語り合ったことがあります。

 鏡の中に入った子供らが内側から外のおとなを観察しているというのや、喜多嶋先生でもケアしきれなくて鏡

の中に逃げ込む子どももいるだろう、という想像もあり、「鏡」と「孤城」は、それだけでも話す材料になりました。

 その時、私の妄想として話したのは、こんなものでした。 

 

 子供達は自分の部屋の鏡を通路にしてお城に入りますが、私の妄想では、お城への入り口というだけではなかったのです。お城をすっぽりと覆っている鏡。

  普通、鏡は映るものを映しますが、それとは別に、もう1種類、別の鏡があるように感じました。その鏡は、私を傷つけそうな光をはね返す役目を果たします。なにしろ鏡のお城ですから、護るのが仕事。前者が、「姿見」のように見える物を映す鏡で、後者は自分を護る鏡です。後者には名前がありませんから、私が勝手に「自尊心」と名付けました。そんな「鏡のお城」がどこにあるのかというと、人の心の中に一つずつ。もちろん、一人一人の中にあるのですから,誰とも共有はできません。「自尊心のお城」は「孤」城です。

  殆どの場合、自分が傷つかないようにしてくれるのですが、たまに、反射がうまくいかなくて、自尊心に穴を開けられ、心の奥へ入りこまれてしまいます。安西こころさんには、真田美織さんとの出会いが、そんなことになったのかと思います。

  はね返しそこなうと、時には「助けてくれ」という状態になります。しかし、周りに喜多嶋先生のように「大丈夫よ。」と心地よい距離で助けてくれたり、東条萌さんのように謝ってくれたりすればいいのですが、そうなるとも限らず、自尊心が“認めて欲しい”のに叶わないのですから、ズブズブと恨みの渦へ向かってしまいます。

  伊田先生の助け船は、ミスタッチだったようです。

  多くの場合、時間が味方をしてくれますし、それに喜多嶋先生のような人もおられます。もちろん、伊田先生の光なら心地よいという子どもも居たかもしれません。

 年を重ねていくと、反射する鏡に護られた自尊心を自覚しますので、周りの人に助けられ、許してもらっていることが解るようになります。が、思春期というのは、この覆う鏡が新鮮に輝いています。その分、鏡に穴があいたときの衝撃は、閉じこもって修復の助けを待つことになりましょう。自分を護るのには跳ね返すだけではなく、やはり自分も相手も映せる鏡を探す道を歩むのではないかと思います。

  仲間内で、様々な「鏡」と「孤城」が考えられる題名で、ファンタジーの手法にうってつけの話だと盛り上がったことです。

  

 それにしても、私はどれだけの「喜多嶋先生」に助けられたかと、今日までのしあわせを改めて思いました。

  

 

 

課題本『かがみの孤城』 三行感想

 

◆ 【 YA 】

 不登校の七人の中学生。城に逃げ込んだ彼らは、何故か生々と時間を送っている。

   年令を問わず、誰にも逃避する場所や一人でも付き添ってくれる人の存在は如何に大切なことか。又学んで

 行く過程で人間性は変わっていける可能性が必ずある。

 現在の社会は選択肢が沢山あるので、それは良い方向だと思う。

 

◆ 【 T 】

   不登校、ひきこもりの子ども達にも読んでほしいなと思いました。

    自分の居場所は学校だけだと思っていたら、行けなくなったとき、とても苦しいと思う。

 他の学校に行っても、フリースクールに行っても、大検を受けてもいい……。

    他の方法もいろいろあると思う。選択肢がたくさんあると思うと、追いつめられることもないので学校のあり方もこ

   れから変わっていくのではと思う。

 

◆ 【 N2 】

   読書会の年齢層に若手が入ったことで、ゲームの世界とこの作品との関係が理解できました。

    若い作家の舞台設定の理解には、やはり若い読者と、時代の進歩についていけない年代との理解度に大き

   な差があるとつくづく思いました。 

 

◆ 【 K子 】

   不登校の子どもの話です。学校以外に居場所(かがみの孤城)がある7人の中学生が主人公。

登場人物の名前が片仮名なのは?かがみの役割は?最後のあたりは泣けます。考えさせられます。

いじめはなくなりますかネ?

 

◆ 【 MM 】

   物語が進むにつれて 「まさか まさか…」と思う場面があった。最後には「え!」と驚いたところと、そこに更に

たたみかけてきた予想外の結末が待っていて泣きました。

 

 

 

課題本『かがみの孤城』 感想

 

◆ 【 TK 】

 若い作家さんで子供の気持ちがよくわかるので感心いたしました。
 丁度一年位の月に章がわかれています。私が先生なら1ヶ月ずつみんなクラスの皆で読んで感想の発表とかを企画したいです。
 いろんな傷つき方をしていている子供達、全部の権利を持って仕切ってるいじめっ子、大人な冷静な子供。期待をされている子供。
 孤独な子供が自分を守るためにいる城。家に迄いじめっ子が押しかける恐怖。
 お城は守られて共感してくれる友達との居場所。私はこの本を読むまで、ひきこもりの子供は、思い煩いばかりで自分の事しか考えていないタイプだと思っていたが、こころちゃんは周りに凄く気を使っている。
 お母さんもこころちゃんを応援している。
 人には居場所と共感をしてくれる友、家族がどうしても必要です。
 もし周りにこころちゃんのような人がいたら力になりたいと思います。

 

 

 

 ◆ 【 MM 】

  本屋大賞をとった作品が今月の課題本だった。読みやすい文章ですっと物語の中に入っていけた。ファンタ

 

ジーの要素が強かったが違和感なく入り込めたのは意外だ。作者の力だなあと思った。

  

  かがみの向こうにある空間に集められた7人。5月から次の年のほぼ1年を使って物語は進む。それぞれの章

 

で感情を揺さぶられ何回も涙した。7人に関係しているのはある学校の生徒であるということ。また、その学校に

 

行けていないということ。その理由もさまざまだ。それぞれの理由がリアリティにあふれていて、辛いところもあっ

 

た。この作品を読んでいて思い出したのが瀬尾まいこの作品たちだ。辻村深月も瀬尾まいこも心にそっとよりそ

 

ってくれる作品だと感じた。現実から離れすぎるでもなく、上からでも下からでもなくそっと寄り添う感じがした。

 

  自分たちの思春期の頃と通じるところもあるし、現代ならではと感じる描写もあった。

 主人公たちに自分を重ねたり母親の目線で読んだりした。物語の進め方がうまいなあと思わずにはいられなかった。途中からは「もしかして最後はこうなるのかな?」という想像が働いた。やっぱりというところもあったし「おお!こうなるのか!!」と驚くところもありいろいろな感情を持った。泣いたりハラハラしたり忙しい作品だった。忙しいけれどもとても好みの作家に会えた。様々なことがあったが、思いやりがあり最後に救いを感じられるのがとても良い。